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風呂で貧血を起こす [心原性脳塞栓急性期、大動脈解離]
退院当日、2日目とトイレの失敗がなかったので油断していた。父が朝布団に漏らしていたのだ。介護のために両親の部屋に私も一緒に寝ているのだが、(親子3人で川の字になって寝ている)失敗してしまった。病院の介護士さんから夜はTENAのフレックスのS単体でいけると聞いていたのだがオムツがずれたのだろう。漏れてしまった。オムツを自分でいじってずらしてしまわない様につなぎのパジャマも着ていたのだが、ダメだったようだ。
午前中に退院3日目にして、スーパーに行って来た。刺激が強いかもしれないと思ったけれど、本人が行きたがったので連れていく。腕を組んでスーパー内を歩いていく。目に入る物が気になって手に取っていくので前に進まない。それでも、ゆっくりスーパー内を一周して帰ってきた。疲れたか聞くと、大丈夫だと言う。
昼食をとりテレビを見る。しばらくしたら、寒いから風呂に入って温まりたいという。足先を触ってみると、冷たい。見ると真っ白。まるでレイノー現象みたいだ。風呂にいれる。しばらく温まって出てきたので拭く。そうしたら、立っていられなくなって冷や汗をかきだした。シャワーチェアを洗面所に持ってきて急いで座らせる。まだ汗は止まらない。もう退院してしまったので、元の病院に電話して相談する事は出来ない。水を飲ませようとしたが気持ち悪くて飲めない感じだ。様子を見ていたら汗が止まって来たので、服を着せて布団に寝せた。
寝室でみかんと柿を細かく切った物を少し食べて水を飲んで休んだ。もう大丈夫だと言う。
とにかく焦った。やっぱりスーパーは刺激が強すぎた。相当疲れたのだろう。失神しなくてよかった。どうなる事かと思った。本人の意見を聞くのも程度問題だと反省した。
しかし、足が白くて浮腫んでいたのは、ただの冷え性だったのか。レイノー現象ではないかとちょっと心配だ。今度A病院に行った時に聞いてみよう。
転院26日目 [心原性脳塞栓急性期、大動脈解離]
今日、E医師と話す事が出来た。
先生の話は、父は昼間は普通だけど夜になると不安になってくる事、そして高次機能障害はすぐによくなる訳ではないので、歩ける父には家で介護した方が本人にもいいのではないかという話が出たという事だった。
嚥下のためにとろみをつけているが、それがなくなった頃を目安に退院を考えているという話だ。
私も父のためには、退院した方がいいのではないかと考えていたので、良かったと思う。
ただ、父のトイレや風呂の付き添い等の介護はやった事がないので、少し不安だ
転院24日目 [心原性脳塞栓急性期、大動脈解離]
S病院から電話があった。父が目を離した隙にいなくなって、皆で手分けして探して駐車場で発見されたという事の報告だった。
よくあの迷路のようなS病院から抜け出したものだ。しっかしした部分がある事がわかる。しかし、父が家に帰りたがっているのはどうしたらいいんだろうか。退院を早めるしかないんだろうか。牡丹の写真が欲しいと言っていたが、それが見つかれば(見当たらないが)、気が収まるんだろうか。いつ抜け出すのか心配で気をもむ。
転院18日目 [心原性脳塞栓急性期、大動脈解離]
E医師から電話があった。父の血圧が下がって一瞬気を失ってしまった事の報告だった。あと、父は夜になると不安になって何か看護師さんに訴えている模様。先生も父の精神状態とリハビリの進み具合の良い兼ね合いで退院させたいと言っていた。父の精神が安定する事を祈るばかり
転院16日目 [心原性脳塞栓急性期、大動脈解離]
S病院に荷物を持って行った時に、ナースステーションの前で父に会えた。
父がどこかで話をしたがるが、コロナでそれはできない。紙に言いたい事を書いてもらった。精神的に参っているという。家に帰りたいのだ。そうだろう。父が辛いと私も辛い。胸が締め付けられる。なんとか耐えて欲しい。
転院1日目 [心原性脳塞栓急性期、大動脈解離]
今日は、A病院からS病院へ転院の日だった。車で父を迎えに行き、車の助手席に乗せ、家に寄って父に外から家を見せ、S病院へ行った。S病院についてからは、書類にサインを書く仕事が待っていて、父はさっそくリハビリだ。
私は、E先生から受けた、いつ何時、何があってもおかしくないという話がなぜか心から出ていかず、急に不安になってしまった。病院的にうちには落ち度はないという言い訳をしておきたいのはわかる。だが理屈とは別に感情がはまってしまった。この不安感は10日くらい続いた。それで日記が書けずにいたのだった。
入院五十六日目Y医師と面談 [心原性脳塞栓急性期、大動脈解離]
今日は、循環器のY先生と父を含めての面談だった。大動脈解離の説明で血圧を110以下にコントロールする事。そして父は出来ているので大丈夫との事だった。それより脳梗塞の再発を気を付けて欲しいという事だった。
運動もOK。吹き矢の練習で大動脈解離になったわけでもないそうだ。
半年に1回検査をして、膨らんで来たら人工血管の手術を検討するらしい。
入院五十三日目K医師から電話 [心原性脳塞栓急性期、大動脈解離]
今日、K医師から電話があった。父の大動脈解離の検査の結果だが、まだ塞がっていないという報告だった。あと血液をサラサラにする薬を始めたから、余計血栓で塞ぎ辛くなっているとの事。また手術が必要かどうかの検討等、循環器の医師に聞いて欲しいと言われ火曜日に面談する事になった。手術までは考えていなかったので焦る。検索してステントグラフトというステントを入れる方式が大きな手術をしなくて済むらしい事がわかる。やるならこの方式でいきたい。しかしやるとなったら高齢者の手術だ。命の危険も顧みると胸が苦しくなる。
入院五十一日目 [心原性脳塞栓急性期、大動脈解離]
今日は父と会えた。K医師との面談でだ。
前に電話で話した通り、大動脈の穴は塞がっていないが、血液をサラサラにする薬はもう使っているという話だった
。家族の前では意外に話をするので、リハビリのためにはもっと話すようにと言われる。
終わってから、ロビーで話をした。おかゆがが味気ないので梅干しか紅ショウガが欲しいという。でも、看護師さんの話では血圧を上げないために塩分をコントロールしている可能性があって難しいとの話。納得してくれた。あと家に戻って写真を選びたいという。前に持って行った塗り絵の参考にでもしたいのだろうか?今度画像をスマホに入れて持って行こうと思う。
入院四十九日目 [心原性脳塞栓急性期、大動脈解離]
お父さんから伝言がきた。
「今日何か体に大きな変化が予想される日ですか」
血液をサラサラにする薬を再開する事になったが、それを言っているのだろうか。
わからない。(-ω-;)ウーン
会って話(筆談)をしたいなー。
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